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『ドゥマゴサロン 第16回文学カフェ 川と台地の街、渋谷の生んだ文学』

(2018.05.11)

去る4月24日(火)、16回を数える『ドゥマゴサロン文学カフェ』が開催されました。ゲストは第28回「Bunkamuraドゥマゴ文学賞」選考委員を務める大竹昭子さん。小説、エッセイ、ノンフィクション、写真評論、書評、映画評など、多岐にわたるジャンルで執筆を続けています。また、トークと朗読の会<カタリココ>を主宰し、さらに座談の名手としてや、散歩マニアとしても知られている多彩な方です。

そんな大竹さんが、満席となった会場でテーマに取り上げたのが「川と台地の街、渋谷の生んだ文学」。橋や川、街道の名前を記したお手製の地図をお配りいただき、スクリーンに映写しながら、充実したトークショーを展開されました。

駅周辺を筆頭に、開発を続ける渋谷ですが、もともと台地に囲まれた谷間に発展した街で、宇田川や渋谷川といった河川が細かな起伏を刻む、独特の地形の上に成り立ってきました。そうした地形は多くの文学作品に影響を与えています。

大竹さんは、具体的な文学作品を挙げながら、作家の背景や文章に表れ出る地形の特徴などを読み解き、より深く作品と渋谷の魅力を解説。取り上げた作家は、永井荷風(1879-1959)、大岡昇平(1909-1988)、三島由紀夫(1925-1970)、丸谷才一(1925-2012)、川崎大助(1965-)、森山大道(1938-)、須賀敦子(1929-1998)と7人におよびました。※講演での紹介順

19世紀のパリ周辺から流行していった“散歩”。山の手育ちの永井荷風は、「日本における散歩本の草分け的存在です」と大竹さん。なかでも取り上げた『日和下駄』には、東京(渋谷)の大きな特長である、坂の上と坂の下の文化、川を挟んでの社会階層の差が如実に表れています。

大雨が上がったある日の情景を大竹さんが朗読しました。崖の上に建つお屋敷の池の水が溢れ、流れ落ちてくる鯉をおかずにしようと、坂の下の人々がわんさと集まっているというのです。それを古川橋の上から眺める永井。起伏のある風景における庶民の逞しさが、生き生きと浮かんできます。

続いて、渋谷だけで6回の引っ越しをしたという大岡昇平の作品、特に『幼年』には、渋谷の魅力がたっぷりと描かれており、大竹さんも「驚きに満ちた本」と紹介します。そこからは河の上に建てられていたという、河上家屋の様子を伺い知ることができます。宮益橋で幼い大岡が行っていた「かまぼこ板」を使った遊びからも、その地形が立ち上がってきました。

大岡と同様、川下りが好きという大竹さん。川は時間の切れ間を作ると話し、「かつて人は川(水)に向かって生活していたけれど、今は川に背を向けて生きている」との解説に、多くの人が頷きました。

また、『奔馬』や新聞コラム(「暮れの東京」「東京の顔」)を取り上げた三島由紀夫作品からは、(台地であることによる)宙に浮いた街としての渋谷の特色を取り上げ、そこから人々の“無関心”に迫ります。そしてそれは、丸谷才一の『だらだら坂』に通じていると指摘。

「人の流れを通じて渋谷の空気を描写しており、坂上と坂下に隔てられた街のありようが主人公の心の動きにも反映されていてます。これは新宿でも、池袋でもない、渋谷の坂道だからこそ 成立する物語なのです」とのお話に、それまでの作品とはまた違う、渋谷特有の色が見えてきます。

さらに音楽ライターとして活躍する川崎大助の『東京フールズゴールド』の冒頭のつかみには、円山町らしい空気が見られると評価し、写真家・森山大道の『犬の記憶』からは、「街の中の小さな街」が感じられ、そうした空間が、「記憶の回路を刺激してつなげ、五感を開く」と分析します。

そして大竹さんが実際によく一緒に散歩をしたという須賀敦子の作品から、『遠い朝の本たち』を取り上げ、台地と川の地形により「生活の音が上がってきた」ことをはっきりと感じさせる光林寺坂の描写を拾い、渋谷の魅力、それが文学に反映されているおもしろさを存分にお話されました。

最後に改めて、散歩のだいご味を語った大竹さん。独自の視点と深い知識に裏付けされた大竹さんのユーモアを交えた楽しいお話に、頷いたり笑いが漏れたりと、2時間を超えた講演があっという間に過ぎます。

「街を歩くことは、想像力を掻き立てます。自分が、人間ではない、何か別のものになったと思える瞬間だってあります。上り坂、下り坂、川、谷……。みなさん、地図を置いて、スマホをチェックせず、迷うことを楽しんでください。どんなに迷っても、外国に出るなんてことは絶対にないんですから(笑)。渋谷ほど激しい変わり方をした街はありません。ぜひ、ご自身で散歩してください」との大竹さんの言葉に、大きな拍手が沸きました。

文・写真:望月ふみ

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